02.ヤジルシの方向





「…ごめんなさい」





聞き覚えのある声がした。





いつも聞いてるけど、いつも聞かない言葉。

おれには怒ってばっかのあいつの声は「誰か」に謝っていて。

それが何だか可笑しくて不思議に思ったから、おれは声の出所を探るんだ。





あ、居た、と思った時には、もう。

ばっちり気まずそうな顔をしたナミと目が合う。

でも、…せっかく目が合ったのに、すぐ視線を外されて、ナミは全然おれのことを見てくれねぇ。



だってナミは向かい合わせに立っている男を見ていたから。

おれから見ると「その男」は背中を向けていて、ナミの「ごめんなさい」に静かに肩を沈めてた。



先に目を反らしたのはナミのくせに。

じ、と見たあいつの横顔がどういうわけか泣きそうで。

虐められてるわけじゃなさそうだし…何やってんだ?こいつら。

さっぱり分からねぇから、おれはくるりと二人に背中を向けて昼寝をする場所を探すことにしよう。






























「よぉ!ナミ」



昼寝をしようと思って行った校舎裏。

おれだけの「ひみつの場所」のはずなのに、そこにはナミと、知らねぇ男の奴が先に居たから。

別の場所を探しながらも腹が減っちまったおれは売店に寄ってパンを買う。





すると、とぼとぼと靴を履き替えて歩いてくるナミが見えて思わず名前を呼ぶ。





「…何」
「わ、ごきげんナナフシギだな、お前」
「言い返す気力もないわ、さようなら」
「さっきの奴に何かされたのか?おれがぶん殴って来てやるぞ!」
「バカ!」
「あ、おい、ナミ、待てよー」





パンを頬張るおれに鬼みてぇな顔を見せてナミは階段を駆け上がる。

同じクラスなのに別々に教室に戻るってのも寂しいから追い掛けた。

「付いてこないで」って言うくせにナミの歩幅は小さいから、おれは、追い付くことくらいすぐに出来るんだ。



ぱくぱくとパンを食いながらナミの顔を覗きこむ。

やっぱり泣き出しそうな顔をしてたから、さっきの奴に何かされたのか?



だったら、退治しに行かなきゃいけねぇしなー…とりあえず。



ぐいっと細い腕を掴んで引っ張ったら「きゃっ」て小さい声を上げたナミがおれに寄り掛かって来た。

人前じゃ意地張って泣かねぇ奴だから、きょろきょろ辺りを見渡して、捕まえた手はそのまま。

せっかく登った階段を下って、その階段の影にナミを押しこんだ。





「もうっ!いきなり何すん、」
「しー!」
「な、なによ」
「みんなにばれちまうだろ、おれ達がここに居んの」
「バレるも何も隠れる意味が分からないわ」
「そうか?おれは別に隠れなくてもいいんだけどよ」
「だったら、」





うるせぇなぁ。

さっきから、ぱくぱく動くくちびる。

黙らせてやろうと思って捕まえてた手を思いっきり引っ張って、わざと顔を近付けた。

ナミの目に映るおれが見えるくれぇ、すげぇ近付いたら目を大きく見開いて驚いた顔が返ってきて。

その後すぐに、反射的にナミが自分の腰を引こうとする。おれから逃げるため?



逃がすもんかと思って力に任せて腰を抱き寄せる。

そのまま…ぎゅうって抱きしめてやるとナミは少しじたばたして抵抗したけど、

すぐに無理って気付いたみてぇ、…やっと静かになったぞ。





「なぁ、何で泣きそうな顔してんだ?」
「あんたに言っても分かんない」
「ふーん」

「………」
「………」

「…べ、別に嫌いじゃないし、付き合ってみてもいいかなって思ってる」
「んん?」
「さっきの人」
「ああ!あいつか!」
「そ」
「あれれ?おれに教えてくれるって事は、おれの知ってる奴か?」
「もういい、どうせあんたには興味のない話って事でしょ」





おれを見てるナミの目のうるうるが少し増した。

泣き顔を見られたくねぇのか、おれを苛めようとしてんのか。

ぎゅうって今度はナミが力一杯におれを抱きしめて来て。





それで。





小さな、小さな、すげぇ小さな声で呟くんだ。





「…何か、言ってよ、」





そう言ったナミは今度こそ本当に泣きそうな顔をして。

おれはどうしたもんかと頭を掻くことしか出来なくなる。





だって…、





「そんなに泣きそうな顔するくれぇなら、さっきの奴と付き合うのやめればいいんじゃねぇか?」
「うるさい」





どんって、おれの胸を叩いて睨まれた。

目が赤い。やっぱり泣きてぇ気分なんだ、ナミのやつ。

胸を叩いた勢いに乗って、おれの腕の中から逃げようとするから。

身体が勝手にナミの白い腕を捕まえ直して、さっきよりもきつく胸の中に閉じ込めてた。





「まだ離してやるなんて言ってねぇぞ、やっと触れたのに、さみしいだろ」





さらさらのおれんじ色の髪に、ほっぺたを擦り寄せると。

甘くて酸っぱくて美味そうな匂いがして胸が、ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ、ってなった。





「…本当は、」
「?」
「好きって言われて、」
「おう」
「…」
「ナミ?」
「…好きな人が居るからって断ったの」
「そうか」
「きっと、あんたには、すっごくどうでもいいことなんだろうけど」
「おう?」
「今、…ちょっとだけ、嬉しい」
「ししし」





おれが笑ったらナミもにっこり笑ってくれる。

勝手に伸びてた手がナミのくちびるをくすぐった時、ナミは幸せそうにおれの手に自分の手を重ねてくれた。





この衝動は何なんだろう?

確かめるようにおれはナミの名前を呼びながら、胸を苦しくさせてくれるナミにくちびるを寄せるんだ。


副題は「少女マンガを目指して」です。