見返り上等チョコケーキ





生まれる前から家が隣同士。

親同士、仲が良いということで、きっと私とあいつはお腹の中に居る時から仲良しだったんだと思う。



物心が付いた時には隣りに居るのが当たり前の存在。

怒られるのも笑うのも馬鹿なことをして怪我をするのも決まっていつも…あんたとだった。

お菓子の取り合いとか、遊具の取り合いとか、玩具の取り合いとか、とにかく喧嘩ばっかりしてたけど、でも最後には一緒に笑ってたんだ。





確かに「友達」とはまた違った関係で、誰よりも絶大の信頼を抱いてはいるけれど。

いくら私が女で、あいつが男だからって恋愛関係が芽生えるかと問われたら私は真っ先に否定をするだろう。





だってありえないもの。

幼馴染みなんて1番の圏外だと信じて疑いもしなかったから。





バレンタイン3日前。

私にとって恋愛対象外である幼馴染みの男に春が訪れた、ようだ。

つまり彼女が出来たらしい。





「義理」と「哀れみ」から私は毎年バレンタインにあいつへチョコレートケーキなんてものを作ってあげている。

どうして「義理チョコ」ではなく、わざわざ1ホールの手作りケーキなんて渡してるのかと言えば…己の欲の為。

義理チョコ1つ買って渡すよりも手間を掛けた方がホワイトデーのお返しと称して何を強請っても買ってくれるのだ、あいつは。



そんな見返りを期待しながらも。

今年は何を買ってもらおうかと家の近くのスーパーでチョコレートケーキの材料を買った帰り道だった。



家の目の前で、

ルフィが私の知らない女の子からチョコレートを嬉しそうに貰っていたのを目撃してしまったのは。

それはそれは、私がチョコレートケーキをあげた時と同じような極上の笑顔で喜んでるご様子。



例え幼馴染みという間柄だとしても傍から見れば私は女に変わりない。

もし自分の「彼氏」が幼馴染みの女からであろうと手作りのチョコレートを貰っていては「彼女」だって良い気はしないだろう。



今年は「義理」と「哀れみ」をあいつに掛ける必要はないのか、と手に提げていたスーパーの袋を見つめながら私は思うのだ。


































バレンタイン当日。

好きな男も渡す人も今年は居ない私は暇を持て余す。…何か屈辱的。

何処かに出掛けるにしても街はバレンタイン一色に決まってる、…何だか気分を害されそう。



いつもなら「義理」と「哀れみ」のチョコレートケーキを届けに行く予定だったのに。

今年は届けるどころか作ることすらしていない状態だ、妙な意地を張ってしまっているのが自分自身何となくだけど分かる。





せっかく買った材料だし無駄にはしたくない。けど自分の為に作るのは面倒臭い。

さて、どうしようか。

頭に浮かぶあいつの顔は除外して延々と材料の使い道を考えていたら部屋の扉が鳴った。





「おう!ナミ」
「…年頃の女の子の部屋に無断で入って来ないでくれる?」
「んん、じゃまするぞ。これでいいか?」
「言えばいいってものでもないの」
「まぁ気にすんなよ」
「あんたが言う台詞じゃないでしょ!」





ガチャガチャとドアノブを捻ってノックもなしに無断で入ってくる。

小さい頃からいつもそうだったから今更改められるのも可笑しなものがあるけど、私が着替えてたらどうすんのよって話。



呑気な男はぺたぺたと私の部屋に無断侵入を果たして来て満面の笑みで私に手を伸ばす。



そう、「何か」を強請るために。

私が用意していないことなんて想像すらしていない顔で。





「んっ!ちょこけーき」
「ないわ」
「えー」
「私の家に来てる暇があるならデートにでも行けば?」
「おれ楽しみにしてたんだぞ!今日はお菓子半分しか食わねぇで腹すかすかにしてたんだ!」
「そんなの私の知ったこっちゃないわ」





つん、と彼から顔を反らす。

再びする彼の足音は帰る足音じゃなくて私の近くに来る為の足音。

すとんと何故か私の隣りに腰掛けて、さっきまでの態度も一転「ねぇなら仕方ねぇか」と私と視線を合わせ笑い掛けてくる。





幼馴染みなんて1番の圏外で。

私にとっては友達とか彼氏とか枠に嵌るような存在じゃないはずなのに、こんなにも心が乱される。





ちょっと待って。

可笑しいわ、これじゃまるで私がルフィのこと好きみたいじゃない。





「って、何であんたが私の隣に座ってるわけ?入室を許可した覚えもないんだけど」
「何でって、でーとだから」
「はあ?」
「今日はナミと一緒に居る日って決めてるからな、おれ」
「そんなことしてたら彼女に振られるわよ」
「何の話してんだ、お前」





私は見たのだ。たまたまだけど。

3日前に家の前でチョコレートを嬉しそうに貰っている、あんたを。



何でこの男は本当のことを話してくれないんだろうか。



紛れもなく私にとっては、

勝手かもしれないけど一番信頼の置ける奴だと思ってただけに何だか裏切られたような気分。

もっともこいつの口から「彼女」って言葉を聞いても私は素直に「良かったわね」と言ってあげられる程の心の余裕はなさそうだけれど。



でも話してくれたっていいじゃない。



そしたら私だって言えるのだ。

「彼女が居るなら私のチョコレートなんて必要ないでしょ」と強がりを吐けるのに、こいつは私の強がりさえも吐かせてくれない。





だから圏外なのよ。

人の気持ちなんて全く分かってくれない鈍感男だから。





「あんたには彼女が居るでしょ、彼女が」
「居ねぇぞ。そんなもん」
「こないだチョコ貰ってた彼女はどうしたわけ?」
「お前見てたのか!」
「たまたまだからね、たまたま。断じて覗いてた訳じゃないわ」
「別にあいつはちょこ持って遊びに来てくれただけだぞ」
「何だってバレンタインの3日前なの?普通は今日じゃない?」
「本当は今日遊ぶ約束だったんだけどな、おれ今日は遊べねぇって言ったから、その日にちょこ持って来てくれたんだ」
「…今日彼女に会わなくてどうすんのよ」





こいつは何にも分かってない。

チョコレートを渡してくれた女の子の気持ちも。

それを見た私がどんな気持ちを芽生えさせてしまったのかも。

何にも分かってないんだ、この鈍感男は。





私とあんたの友達でもなければ彼氏彼女でもない曖昧な関係も。

いつも側に居るのが当たり前になってる存在の幼馴染みって関係も。

こいつに「彼女」が出来たってことも。

チョコレートケーキを強請って来た手が私以外の女に子にも向けられているのも。





全然、私の心を甘くなんてしてくれない。

今日は年に1度のバレンタインなのに…ビターチョコでも食べてしまったような苦さばかりが募ってく。










「だって今日はナミからちょこけーき貰う日だから。1年の中で1番楽しみにしてんだ、おれ」










そのくせあんたの言葉はこんなにも甘くて私を簡単に溶かすのだ。





何の疑問も感じない。

あんたが私の隣に居ること。



ゆるゆると伸びて来た手を見て思う。

いつの間にこんな「男」みたいなゴツゴツした手になったんだろう、と。

ふと伸びて来た手で顎を撫でられて…トクンと私の心臓が跳ねたのが分かった。





…どうやら私の心はこいつに恋焦がれている、らしい。





けど友達みたいな感情でもなければ好きな男に抱く感情とも少し違う。

空気みたいな「そこに在ること」が当たり前の感情。「好き」でいることすらも当たり前になっている。



…幼馴染みって本当にやっかいだ。



撫でられた顎。

掴まれた顎はそのままに、じりじりと彼の顔が近付いて来た。

こいつが何をしたいのか想像は付くけれど、私の瞳はギロリと彼を睨む。





すると彼は切なそうに笑って言う。私の顎を掴んだまま。





未だに解放してくれない顎の拘束に、

どうやらこいつは私に視線を外して欲しくないんだろう、なんてことを頭の隅っこで思う。





「幼馴染みってのは困るな」
「自慢の幼馴染みと言って。才色兼備な幼馴染みなんてなかなか居ないわよ?」
「今日は『ナミの好きな男』って思える、しやわせな日なのに、当たり前に思っちまってたぞ、おれ」
「…私からチョコ貰えないのがそんなに効いたの?」
「おう」





切なそうに笑う彼の顔は何故か私の胸を甘くする。

答えるように顎を掴んだままの彼の手に私の手を重ねてみた。

ぱちり、ぱちり、と瞬きを繰り返して…再び彼の顔が近付いてきたけど、やっぱり私は彼の行動を止めてしまう。





…くすぐったすぎる。





幼馴染みって本当にやっかいだ。

キス1つするのにも、込み上げてくる「笑い」でどうしようもない。

だって小さい頃から同じ悪さをして一緒に怒られて、それでも懲りなくてまた悪さをして…相手の良い所から悪い所まで知ってるような仲だもの。



そんな家族みたいな奴と恋人同士になるなんて。

けど、気が付けば誰よりも大事な人になっていた。





大事であることすらも当たり前。

だから言葉として胸の中で「好き」を反芻させてみると、こんなにもくすぐったい。





「ナミはおれと違う気持ちなのか?いつもちょこけーき作ってくれるから同じ気持ちだと思ってたのに」
「…誰も否定はしてないでしょ」
「だったら早くちゅーさせろー」
「あのやんちゃ坊主のルフィとキスって思うと笑っちゃうのよ」
「お前だって、ばーちゃんとか何とかって小せぇ頃言われてたじゃねぇか」
「…おてんば娘と言って。うろ覚えにも程があるわ」





次第に尖ってくる彼の唇。即ち不機嫌モード。





「ちょこくれなかったもんな、今日。いいんだ、別に…いいんだ、全然気にしてねぇんだ、おれは」





呟く言葉に思いっきり根に持たれていることが伺える。

確かにチョコをあげなかったし大事な時に拒んでしまった私も悪いんだけど、くすぐったいんだってば。





あ、そういえば。

彼から甘い言葉は貰っても私からは何にもあげていない。

部屋の中、拗ね始めた彼の手を再び私の白い手が包み込む。

その仕草に顔を上げ一気に笑顔になった単純な彼に貰って欲しいものがある。





だって今日はバレンタイン。

私がルフィにチョコレートケーキを渡す日だもの。





「今年はケーキ作ってないから、…買っておいた材料をあげるわ」
「材料…」
「何よ、私の愛情が受け取れないって言うわけ?」
「ち、違うぞ!」
「契約成立ね。ホワイトデーのお返し忘れずに。楽しみにしてるから」





材料と聞いて失礼にも落胆の色を全く隠そうとしないものだから。

仕方ない、今日は年に1度のバレンタイン。

ようやく幼馴染みから恋人同士へとなれたことだし、少しはサービスしてあげよう。





甘い気持ちをおすそ分け。





奪った唇は小さい頃から「ナミ」と呼び続けてくれていた唇で。

喧嘩をする度に、もう口答え出来ないように掴んでいた唇でもあって。

小さい頃から何度となく言ってくれた「好き」という言葉もこの唇から発せられたもので。



思い出深い彼の唇にもう1度、私の唇が重なった。


せっかくのバレンタインという甘い題なのに、
ナミは船長にチョコじゃなくて材料を渡しちゃった為に色気も何もあったものじゃないのでバレンタイン前にアップでカモフラージュ(何を)

幼馴染みの恋愛って、じれったさランキング上位に食い込む気がします。そんなお話でした。