魔法の指で、口付けで。





手の平に乗っかっている家の鍵。

チャリチャリと転がす度に音がするのは、ナミとおそろいのキーホルダーが付いているから。



他の奴らが見たら、ただの家の鍵だけど。

おれにとってはナミと一緒に暮らしてる城へのパスポートみてぇなもんなんだ。





今日も早くナミに会いたくて急いで家の鍵を使って扉を開ける。



ぺたぺた。



大好きな奥さんの顔を思い浮かべながら居間へと向かって元気良く歩いて行く、おれ。





物音のするキッチンへと目を向ければ。

そこで起こっていた目を疑うような光景に、おれの脳が勝手に“家の中が大変なことになっている”と認識を始めた。





まな板の上で包丁が踊ってるみてぇに軽やかに野菜を切っている。

宙を浮くフライパンから飛び出した肉は見事にテーブルに置いてある皿に滑り込むように乗っかる最中で。

ふわふわ浮いてる泡は同じく宙を気持ち良さそうに飛んでいる皿にくっ付いて、見る見る内に汚れが落ちて綺麗になっていく。



まな板も包丁も肉も皿も泡も何もかもが生きてるみてぇに、ひとりで動いているんだから面白ぇ。



見慣れている光景ではあるけど…

やっぱり人間として生きてきたおれの脳にはまだまだ刺激が強い光景でもあるんだ。

だけど、その場に居て、その光景を目の当たりにしているはずのナミは怖がることもせずに面白おかしく人差し指を動かして眺めているだけ。










だって、おれの奥さんは魔女。

人差し指一つ動かすだけであらゆる物に魔法をかけちまえる、かわいー魔法使い。

魔女ってことは、みんなに秘密にしてるんだけどな。










家の中を楽しそうに舞っている食い物も食器もフライパンも生きてる訳じゃねぇ。

ただナミに魔法をかけられているだけなんだぞ。びっくりだろ?










「いつ見てもすげぇなー!…じゃねぇや、ナミ!お前また魔法使ったな!」



感心してる場合じゃねぇ。

ちゃんと怒らなくちゃな、魔法を使ってることが、おれ以外の人間にバレたら大変なことになっちまうらしいからよ。





注意した声でおれの帰宅に気付いたナミがコップやら箸を宙に浮かべながらも笑顔を向けてくれた。

この笑顔がまたかわいいから。おれの胸にぐぐっと入り込んでくるから。

手に持っていた、会社の重要な書類が入っている鞄を簡単に放り投げて…そのままナミに飛び付いた。





「お帰り、ルフィ」
「ナミィー会いたかったぞー」
「朝に会ったじゃない」
「今はもう夜じゃねぇかー。朝だけじゃ足りねぇ。朝も昼も夜もナミが居なきゃ元気出ねぇ」
「…あんたの言葉でお腹いっぱいになりそう」
「…………あ!流されちまう所だった!お前、人間界で魔法使ったらだめなんだろ」
「バレなきゃいいのよ。バレなきゃ」
「でも人間にバレたらナミと離れ離れにするって言ってたぞ。お前の父ちゃんが」
「大丈夫よ。誰にもバレないように使ってるから問題ないわ。私とルフィだけの秘密ね」
「んん、そうか。なら大丈夫だな」





人間界に住んでる人間のおれと、魔法界に住んでる魔女のナミ。

今はおれと結婚してくれたからナミも人間界である、おれの家にお住まいで毎日がしやわせだ。



何も特別なことをした訳じゃねぇ。

自然に出会って、自然と好きになって、自然に結婚したい気持ちになった。





そう思った女が『魔女』だっただけの話。





可笑しな所はねぇだろ?

おれもナミもしやわせなんだから。




















「…ねぇ、ルフィ」





甘えた声がする。

心なしか、おれを見つめる瞳も甘えたそう。





これは…

決まって、おれにお強請りする時に使う仕草だ。





こないだは見事にナミの強請りに頷いちまったけど、今日は騙されないぞ。





「どうしたんだ?」
「掃除機買ってもいい?テレビショッピングですっごく面白そうなのがあったの!」
「お前こないだも何か買ったばっかだろ。だからだめっ!」
「こないだ買ったのは掃除機じゃないもの。だから、ね?いいでしょ?」
「だめ!だめ!だめ!掃除機買っても腹は膨れねぇって有名な言葉があるんだぞ」





魔女のナミは人間の使うもんに興味を示す。

人間界に初めて遊びに来た時におれと出会って、好きになって、…そんな日数も経ってねぇのに結婚までしちまったから。

向こうの世界にはない面白そうなもんを見つけたら興味が湧くのも分かるんだけどな。



でも、だ。

もし買ってやったら、その商品にばっか夢中になって…おれに全然構ってくれなくなるからだめって言わなきゃいけねぇ。





どうせ強請るなら、掃除機とかじゃなくて…もっと違うもんを強請ってくれればいいのに。





おれが欲しいとか言ってくれたら嬉しいんだけどなー。

元々ナミのもんなんだけどよ、おれは。でも言ってくれたら嬉しいんだ。





「…じゃベット買ってもいい?」
「あるだろ、家に」
「寝心地がすっごい良いベットなんだってば。ベット買ったら枕も付けてくれるのよ。お得じゃない」
「おれがナミの抱き枕になってやるから。いい考えだと思うぞ」
「結婚したんだし、シングルベットに2人は狭すぎると思うの」
「しょうがねぇだろー、一人暮らししてたおれの家にナミが来たんだから」
「大体どうしてベットで寝てる私の所に布団で寝てるルフィが入ってくるわけ?だから狭いんでしょ」
「だって別々に寝てちゃ触れもしねぇじゃねぇか!」
「私に触りたいならベット買って」
「今のベットでも充分なナミの触り心地を堪能してんだ、おれは」
「イヤ!買って!」
「だめだ!」





確かに今の家は、二人で住むにはちょっとだけ狭いようにも感じる。

家の中も。ベットも。テーブルも。イスも。風呂も。冷蔵庫も。

一人暮らしの部屋にある一人用のもんを急に二人で使うことになったから狭く感じるのも当たり前なのかもしんねぇ。



けどな。

それでもおれは嬉しいんだ。



毎日ナミと会えるようになったこと。

一緒のベットで同じ夢を見れるようになったこと。

美味いメシを作って、おれの帰りを待ってくれてること。



全部が嬉しくて、しやわせだなーって思ってるんだぞ。



いくら部屋が狭くても、

おれは狭い分もっとナミの近くに居れるような気がするから。

もしも大きな家になっちまったら…部屋がたくさんあり過ぎて、ナミを見つけられなくなっちまうかもしれねぇだろ?





だからおれにはこのくれぇの家がちょうどいいと思ってるんだけどな。





「お願い!ベット買って!」
「別に珍しいもんじゃねぇだろ、ベットくれぇ」
「そうだけど…ルフィの寝相の悪さを考えたらダブルベットにしたいの!」
「だめ!ベット買うくれぇなら食いもん買った方がいいんだ!」



引っ付いてお強請りしてくるナミは、やっぱりかわいーけど。

もしベットが気に入って、おれと一緒に眠るよりも新しいベットと一緒に寝たいって言われたら困るから、必死に『だめ』攻撃をする。



負ける訳にはいかねぇ。

おれのしやわせがかかってるんだから。










「ルフィがそこまで言うなら分かった。…ダブルベットにして、ルフィと一緒に朝までぐっすり眠りたいなって思ってたけど、諦める」










えっ!



そんなこと言われたら。

嬉しくて仕方ねぇじゃねぇか。





「仕方ねぇなー、そうだよなー。寝ることはメシ食うのと同じくらい大事って言うしなー」
「そうでしょ?ダブルベット買ってもいい?」
「おう!よし、買え。そのベット買え。おれとナミはそのベットで朝まで一緒に寝るんだ!」



「………単純」



「ん?何か言ったか?」
「ううん。そういう所も大好きよ、ダーリン」
「ししし!おれもナミが大好きだぞ!」





おれの奥さんは魔法が使える。

でも好きになって結婚までしちまったのは、魔法をかけられたからって訳じゃねぇぞ。





こんなにも弱いのは。

おれがナミにこんなにも弱いのは…

魔法にかかったからじゃなくて、おれがナミに酔ってるからなんだ。





いつも魔法をかける為に動かす白くて長い人差し指。

おれはそれを静かに握り締めて、魔法の発動を封印した後に、そっと唇に口付けた。



きっとナミもおれに酔ってくれるに違いない。



奥さんは魔女。

それがどうした、おれだって魔法が使えるんだ。…ただしナミ限定だけどな。


一度は書いてみたい魔女っこナミちゃん。
そう思って妄想を開始したらば頭に浮かんできたのは『奥さま●魔女』というドラマ。
「奥さんが魔女」って事以外の設定やらは全て無視キングですけど、「ダーリン」という言葉だけは無視できなかった!言われた船長はさぞご満悦です。